ONE BALL Project
今回は自分の過去に行ったプロジェクトについての紹介とご報告です。(ご報告が遅くなってしまい申し訳ありません!)
ONE BALL Projectは震災と共に立ち上がったプロジェクトです。
今でこそ東北にボランティアや、旅行でいく人が大きな不安もなくいけるようになりましたが、
僕がプロジェクトを立ち上げた当初は「風評被害」や「原発問題」で東北は危険な場所としてしかメディアから流れていませんでした。
しかし、僕が東北にボランティアとしていわきにいったときに見た光景は全く想像と違っていました。
周りが言うほど現地の人は下を向いていない。むしろ、前を向いて懸命に笑顔をつくっている姿がそこにありました。
あるいわきの市議会議員が「復興も楽しまなければいけない」とおっしゃっていたのが非常に印象的でした。
どうにかして、いわきのリアルな姿、元気を世界に発信したい。
そう思って、考えて考えていきついた先が「いわきでフットサルのギネスに挑戦する」ということでした。
なぜそこに行き着いたかというと(こんなことを書くのは初めてですが)
1.最終的には当事者が立ち上がらなければならない。
2.復興はみなでやらなければならない。
3.世界に発信しなければならない。
という自分なりの復興へのアプローチに一番合うものがフットサルとギネスだったというわけです。
当日は原発から近い福島県いわき市で、東北選抜vs全国選抜の計24人で37時間連続フットサルのギネス記録に挑戦しました。
選手は学生だけではなく、クラブの店長や経営者、外人など様々なバックグラウンドを持った人たちが集まりました。
中には被災者や、静岡の原発近くに住んでいて福島の人と同じような不安を抱えている人もいました。
そんな人たちが、一つのボールに吸い寄せられできたチームがONE BALL Project。
in地方
with日本
to世界
というコンセプトや希望という曖昧なものに
具体性を持たせたことにより、ダイアモンド社主催の学生復興会議では大賞をいただきました。
また、ギネス記録という海外の人でも素直に伝わりやすい部分も評価されたのでしょう。
なぜ僕がこんなことを書いているのかというと、
つまり、ギネスと一言でいっても
レモンの早食いや、リフティングの最長記録に挑戦などとは
全く違う価値を持っているギネスイベントであるということを強調したかったからです。
今までもちろん様々な批判もありました。
ギネスに挑戦したところで何が変わるのか。
外部の人が勝手にやってる自己満足でしょ。
ギネスってwww
などなど。
それでもやはり僕はスポーツの持つ様々なチカラを信じています。
みんなが知っているスポーツはまだ一側面でしかないということを知ってもらいたい。
そんな想いで試合をしていました。(みなで一つの目標に向かってアクションを起こすことってなかなかないでしょ。笑)
少なくとも、あの場所にいた選手やスタッフ、応援してくれた方々はそのチカラを実感することができたと思います。
誰かのためにボールを蹴るとはどういうことか。
みんなで一つの目標に向かっていくとはどういうことか。
今後もONE BALL Projectを通して、一つのボールを通して探求していきたいと思います。
一緒に活動した仲間たちは各々ONE BALL Projectの経験を生かし、次の一歩を踏み出しています。
嬉しいです。
最後に、今までご支援、ご協力してくれたみなさま、そして一緒にボールを蹴った仲間たち。本当にありがとうございました。
みんなの心が一つになった瞬間を僕は一生忘れません。
そして、ギネスの認定証に刻まれたFukushimaの文字が今後の東北を明るくしていっていくことを願っています。
ONE BALL Project代表 小林 雄














